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小松
情を喜び、苗字を問ふと、弟せんちよが「之はきよすのはんと申すなる」と言ふ。お伴はしたいが、都へ出ねばならぬから、と別れて上つた。扨て其後、

岩ほの小松をとり持ちて、志賀の峠に植ゑ給ひ、おひ(松に?)せみやう(宣命)を含め給ふ。愛護世に出てめでたくば、枝に枝さき唐崎の千本松と呼ばれよや。愛護空しくなるならば、松も一本(イツポン)葉も一つ、志賀唐崎の一つ松と呼ばれよと、涙と共に穴生(アナホ)の里に出で給ふ。頃は卯月の末つ方、垣根はさもゝの盛となりけるが、若君御覧じて、一つ寵愛なされける。

処へ、其家の姥が現れて、れいじやの杖を振り挙げて打たうとした。若は、打たれるのを恥辱に思うて、麻畑に隠れた処が時ならぬ風が吹いて、隠れ処も顕に見えたので「桃のにこうが之を見て、桃をとるだに腹立つに」麻まで蹂み躪つたとて、打擲した。

若君は、穴生の里に桃成るな。麻は播(マ)くとも苧(ヲ)になるな。嵐ふくな、と申し置かれしより、花は咲けども桃ならず。麻は播けども苧にならず。

穴生の里は、後世まで呪はれたのである。
それからきりうが滝へ来ると、桜が散つて、愛護の袂に這入る。見ればまだ、蕾の花である。そこで、落ちた花は已に死んだ母上、咲いて居る花は父上、蕾ながら散るものは、此愛護の身の上であると考へて「恨み言書きたしとて、ゆんでのこゆびくひきり、岩の間(ハザマ)に血を溜め」恨み言を書きとめる。
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by yuugaavvv | 2006-02-18 16:14
阿闍梨
二人の女は、愛護が父蔵人に此由を告げはすまいかといふ懸念から、逆に若を陥れる謀を用ゐる事になる。それは、重宝の鞍・刀を盗み出して、月小夜の夫に手渡し、都も都、桜の門で呼び売りさせて、清平の目につく様にして、若が盗んで売らせるのだ、と言はせようといふ魂胆である。此謀が早速成就して、怒つた清平は、若を高手小手に縛つて、桜の木に吊り上げて置く。若は苦しさのあまりに、血を吐いて悶えてゐると、手白の猿が主人を救はうとして、木に上るが、縄を解く事が出来ぬ(三段目)。
処が一転して、地獄の閻魔王の庁では、若の母が出て、若の命乞ひをして、自身出向いて救ひたいと願ふ。魂を仮托する死骸はないかと、鬼に見させると、娑婆では今日、人には死んだ者はないが、鼬が一匹斃れたといふ。母は早速、鼬の身に魂を托して、桜の下に現れ、若の縄を食ひ切つて助けると、手白が下で抱き止めて、怪我なく助つた。鼬は、母が仮りに姿を現したのだと告げて、かうしてゐては、終には命も危いから、叡山西塔の北谷にゐる、若の叔父帥(ソチ)ノ阿闍梨の処へ逃げて行くやうに、と諭して姿を消す。若は家を抜け出る日を待つて居る(四段目)。
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by yuugaavvv | 2006-02-18 16:14
申し子
若の字、又稚(ワカ)とも書く。此伝説は、五説経の一つ(この浄瑠璃を入れぬ数へ方もある)として喧伝せられてから、義太夫・脚本・読本(ヨミホン)の類に取り込まれた為に、名高くなつたものであらうが、あまりに末拡がりにすぎて、素朴な形は考へ難くなつてゐる。併し、最流行の先がけをした説経節の伝へてゐるものが、一番原始に近い形と見て差支へなからう。
何故ならば、説経太夫の受領は、江州高観音近松寺(ごんしようじ)から出され、四の宮明神の祭礼には、近国の説経師が、関の清水に集つた(近江輿地誌略)と言ふから、唐崎の松を中心に、日吉・膳所を取り入れた語り物の、此等の人々の為に綴られた物と言ふ想像は、さのみ無理ではあるまい。今其伝本が極めて乏しいから、此処には、わりあひに委しい梗概を書く。
嵯峨天皇の御代に、二条の蔵人前の左大臣清平といふ人があつた。御台所は、一条の関白宗嗣の女で、二人の仲には、子が無かつた。重代の重宝に、刃(ヤイバ)の大刀(タチ)・唐鞍(カラクラ)(家のゆづり、やいばの大刀。からくら。天よりふりたる宝にて)の二つがあつた。第六天の魔王の祟りで、女院御悩があつたが、天子自ら二才の馬に唐鞍を置き、刃の大刀を佩いて、紫宸殿に行幸せられると、魔王は、霊宝の威徳によつて、即座に退散して、御悩忽(たちまち)平癒した。天子御感深く、その他の家々にも名宝があらうと思はれて、宝比べを催されたところ、六条判官行重は上覧に供へるべき宝が無くて、面皮をかいて居たのを、清平が辱しめて、退座を強ひる。
判官には、五人の男子があつて、嫡子をよしながといふ。家に戻つて今日の恥辱の模様を話すと、よしながが父に讐討ちの法を教へる。其は、子はどんな宝も及ばない宝である。幸、二条蔵人には子が無いから、奏上して、子比べをして、恥をかゝせようと言ふのである。子福者の行重は、非常な面目を施した。御感のあまりよしながに、越後守を受領せしめられた。
清平は、今度は、あべこべに辱しめられて、家に帰つて、御台所と相談して、初瀬(ハセ)寺の観音に、申し子を乞ふ事になる。七日の満願の日に、夫婦の夢に、菩薩が現れて、子の無い宿因があるのだから、授ける事は出来ない。断念して帰れ、と告げさせられる。夫婦は、さらに三日の祈願を籠めて、一向(ひたすら)納受を願ふと、一子は授けてやるが、三つになつた年に、父母のどちらかゞ死なゝければならぬと言ふのである(一段目)。
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by yuugaavvv | 2006-02-18 16:13
鶏の声
「お母様は、罪のない体でしたから、もう人間に生れかえっております」
「お前は、何故、いつまでもそうしておる」
「私は、私の貞烈のために、無錫(ぶしゃく)の宋(そう)という家へ、男の子となって生れることになっておりますが、あなたに情縁が重うございますから、一度あなたにお眼にかかるまで、生れ出る月を延ばしております、が、もうお眼にかかりましたから、明日は往って生れます、もしあなたがこれまでの情誼をお忘れにならなければ、一度宋家へ往って、私を御覧になってくださいまし、笑ってその験(しるし)をお眼にかけます」
 趙と愛卿の霊は、手を取りあって寝室へ往って歓会したが、楽しみは生前とすこしも変らなかった。
 鶏の声が聞えた。
「私は、帰らなくてはなりません、これでお別れいたします」
 愛卿の霊は泣きながら榻(ねだい)をおりた。趙も後から送って出た。
 愛卿の霊は階をおりて三足ばかり往ったが、ふと涙に濡れている顔を此方へ見せた。
「これでいよいよお別れいたします、どうかお大事に」
 趙も胸がいっぱいになって言おうと思うことが口に出なかった。
 暁の光がうっすらと見えた。と、愛卿の霊は燈の消えるように見えなくなった。室の方を見ると有明の燈の光が消えかかっていた。

 趙はその朝、旅装を調えて無錫へ往った。そして、宋という姓の家を尋ねたところがすぐ知れた。趙は半信半疑で往ってみた。妊娠してから二十ヶ月目に生れたという男の子がひいひい泣いていた。それは生まれ落ちるときから輟(や)めずに泣いているものであった。
 趙は主人に逢って、自分のきた事情を話し、主人の承諾を得て産室へ入って往った。今まで泣いていた男の子は、趙を見るなり泣くことをやめてにっと笑った。
 宋家ではその子に羅生(らせい)という名をつけた。趙はその日から宋家の親属(しんぞく)となって、往来餽遺(おうらいきい)、音問を絶たなかった。
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by yuugaavvv | 2006-02-18 16:12
香羅巾下
一別三年
一日三秋
君何ぞ帰らざる
記す尊姑(そんこ)老病(ろうびょう)
親(みずか)ら薬餌(やくじ)を供す
塋(けい)を高くして埋葬し
親(みずか)ら麻衣(まい)を曳く
夜は燈花を卜(ぼく)し
晨(あした)に喜鵲(きじゃく)を占う
雨梨花(あめりか)を打って昼扉(ひると)を掩(おお)う
誰か知道(し)らん恩情永く隔(へだた)り
書信全く稀ならんとは

干戈(かんか)満目(まんもく)交(こもごも)揮(ふる)う
奈(いずく)んぞ命薄く時乖(そむ)き
禍機(かき)を履(ふ)んで鎖金(しょうきん)帳底(ちょうてい)に向う
猿驚き鶴怨む
香羅巾下(こうらきんか)
玉と砕け花と飛ぶ
三貞を学ばんことを要せば
須(すべから)く一死を拆(す)つべし
旁人(ぼうじん)に是非を語らるることを免る
君相念いて算除(さんじょ)せよ
画裏に崔徽(さいき)を見るに非ず

 歌の中に啜(すす)り泣きが交って、詞(ことば)をなさないところがあった。趙も涙を流してそれを聞いていた。
 歌の声は消えるように輟(や)んだ。趙は夢の覚めたようにして愛卿の側へ往った。
「おいで、お前にはいろいろ礼も言いたい、よくきてくれた」
 趙の手と愛卿の手はもう絡みあった。二人は室の中へ入った。
「お前はお母さんのお世話をしてくれたうえに、わしのために節を守ってくれて、なんともお礼の言いようがない、わしは、今、更(あらた)めて礼を言うよ」
「賤(いや)しい身分の者を、御面倒を見ていただきました、お母様は私がお見送りいたしましたが、思うことの万分の一もできないで、申しわけがありません、賊に迫られて自殺したのは幾分の御恩報じだと思いましたからであります、お礼をおっしゃられては恥かしゅうございます」
「いや、お礼を言う、それにしても、お前を賊に死なしたのは、残念で残念でたまらない、今、お前は冥界(めいかい)におるから、お母さんのことも判ってるだろうが、お母さんは、今、どうしていらっしゃる」
「お母様は、罪のない体でしたから、もう人間に生れかえっております」
「お前は、何故、いつまでもそうしておる」
「私は、私の貞烈のために、無錫(ぶしゃく)の宋(そう)という家へ、男の子となって生れることになっておりますが、あなたに情縁が重うございますから、一度あなたにお眼にかかるまで、生れ出る月を延ばしております、が、もうお眼にかかりましたから、明日は往って生れます、もしあなたがこれまでの情誼をお忘れにならなければ、一度宋家へ往って、私を御覧になってくださいまし、笑ってその験(しるし)をお眼にかけます」
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by yuugaavvv | 2006-02-18 16:12
白芋村
 趙は老人を連れてその足で白苧村にある母親の墓へ往った。墓場には愛卿の手で植えた小松が美くしい緑葉を見せていた。
「これは若奥様のお植えになったものでございます」
 老人はまた墓の盛り土へ指をさした。
「これも若奥様が御自身でお造りになりました」
 趙は老人と家へ帰って、家の背後の圃中(はたなか)に立った銀杏の下へ往った。趙は愛卿の死骸を見たかった。
 墓が発(あば)かれて、綉褥(しとね)に包まれた愛卿の死骸が露われた。趙は我を忘れてそれを開けてみた。
 ただちょっと睡っているようにしか見えない生々(なまなま)した死骸であった。趙はその死骸へ手をやって泣いたがそのまま気が遠くなってしまった。
 趙は老人の介抱によってやっと我に還った。彼はそこで愛卿の死骸を家の中へ運んで、香湯(こうゆ)で洗い、その姿にふさわしい華美な服を被(き)せて、棺に納め、それを母親の墓側へ持って往って葬った。
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by yuugaavvv | 2006-02-18 16:11
季節はずれ
 季節はずれのそのレンコオトを着て、弟は寒そうに、工場の塀にひたと脊中(せなか)をくっつけて立っていて、その塀の上の、工場の窓から、ひとりの女工さんが、上半身乗り出し、酔った弟を、見つめている。
 月が出ていたけれど、その弟の顔も、女工さんの顔も、はっきりとは見えなかった。姉の顔は、まるく、ほの白く、笑っているようである。弟の顔は、黒く、まだ幼い感じであった。I can speak というその酔漢の英語が、くるしいくらい私を撃った。はじめに言葉ありき。よろずのもの、これに拠りて成る。ふっと私は、忘れた歌を思い出したような気がした。たあいない風景ではあったが、けれども、私には忘れがたい。
 あの夜の女工さんは、あのいい声のひとであるか、どうかは、それは、知らない。ちがうだろうね。
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by yuugaavvv | 2006-02-18 16:08
原因
 これには、複雑な原因があると思うが、その一つはおふみという女の感情表現に問題がひそんでいるのではないだろうか。おふみに扮した山路ふみ子は、宿屋の女中のとき、カフェーのやけになった女給のとき、女万歳師になったとき、それぞれ力演でやっている。けれども、その場面場面で一杯にやっているだけで、桃割娘から初まる生涯の波瀾の裡を、綿々とつらぬき流れてゆく女の心の含蓄という奥ゆきが、いかにも欠けている。だから、いきなり新宿のカフェーであばずれかかった女給としておふみが現れたとき、観客は少し唐突に感じるし、どこかそのような呈出に平俗さを感じる。このことは、例えば、待合で食い逃げをした客にのこされたとき、おふみが「よかったねえ!」と艶歌師の芳太郎に向って「どうだ! 参ったろう」という、あすこいらの表現の緊めかたでもう少しの奥行が与えられたのではなかろうかと思う。特に、最後の場面で再び女万歳師となったおふみ、芳太郎のかけ合いで終る、あのところが、私には実にもう一歩いき進んだ表現をとのぞまれた。このところは、恐らく溝口氏自身も十分意を達した表現とは感じていないのではなかろうか。勿論俳優の力量という制約があるが、あの大切な、謂わば製作者溝口の、人生に対する都会的なロマンチシズムの頂点の表現にあたって、あれ程単純に山路ふみ子の柄にはまった達者さだけを漲らしてしまわないでもよかった。おふみと芳太郎とが並んで懸合いをやる。文句はあれで結構、身ぶりもあれで結構、おふみの舞台面もあれでよいとして、もしその間におふみと芳太郎とが万歳をやりながら互に互の眼を見合わせるその眼、一刹那の情感ある真面目ささえもっと内容的に雄弁につかまれ活かされたら、どんなに監督溝口が全篇をそれで潤わそうとしているペソスが湧いたか知れないと思う。あの作品の性質としてゆるがせにされないこういう箇処が割合粗末であった。おふみと芳太郎とは、漠然と瞬間、全く偶然にチラリと目を合わすきりで、それは製作者の表現のプランの上に全然とりあげられていなかったのである。後味の深さ、浅さは、かなりこういうところで決った。溝口氏も、最後を見終った観客が、ただアハハハとおふみの歪め誇張した万歳の顔を笑って「うまいもんだ!」と感歎しただけでは満足しないだけの感覚をもった人であろう。
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by yuugaavvv | 2006-02-18 16:01
世界の詩 28 大手拓次詩集
  薔薇の散策

     1

地上のかげをふかめて、昏昏とねむる薔薇の唇。

     2

白熱の俎上にをどる薔薇、薔薇、薔薇。

     3

しろくなよなよとひらく、あけがた色の勤行(ごんぎやう)の薔薇の花。

     4

刺(とげ)をかさね、刺(とげ)をかさね、いよいよに にほひをそだてる薔薇の花。

     5
翅(つばさ)のおとを聴かんとして 水鏡(みづかがみ)する 喪心(さうしん)の あゆみゆく薔薇

     6

ひひらぎの葉(は)のねむるやうに ゆめをおひかける 霧色(きりいろ)の薔薇の花。

     7

いらくさの影(かげ)にかこまれ 茫茫とした色をぬけでる 真珠色の薔薇の花。

     8

黙祷の禁忌のなかにさきいでる 形(かたち)なき蒼白の 法体(ほつたい)の薔薇の花。

     9

欝金色の月に釣られる 盲目の ただよへる薔薇。

     10

ひそまりしづむ木立(こだち)に 鐘をこもらせるうすゆきいろの薔薇の花。

     11

すぎさりし月光にみなぎる 雨の薔薇の花。

     12

吐息をひらかせる ゆふぐれの 喘(あへ)ぎの薔薇の花。

     13

ひねもすを嗟嘆する 南の色の薔薇の花。

     14

火のなかにたはむれる 真昼の靴をはいた黒耀石の薔薇の花。

     15

くもり日(び)の顔に映る 大空の窗(まど)の薔薇の花。

     16

掌(て)はみづにかくれ 微風(そよかぜ)の夢をゆめみる 未生(みしやう)の薔薇の花。

     17

鵞毛(がもう)のやうにゆききする 風にさそはれて朝化粧(あさげしやう)する薔薇の花。

     18

みどりのなかに 生(お)ひいでた 手も足も風にあふれる薔薇の花。

     19

眼にみえぬ ゆふぐれのなみだをためて ひとつひとつにつづりあはせた 紅玉色(こうぎよくいろ)の薔薇の花。

     20

現(うつつ)なるにほひのなかに 現(うつつ)ならぬ思ひをやどす 一輪のしづまりかへる薔薇の花。

     21

眼と眼のなかに 空色の時をはこぶ ゆれてゐる 紅(あか)と黄金(こがね)の薔薇の花。

     22

朝な朝な ふしぎなねむりをつくる わすられた耳朶色(みみたぶいろ)のばらのはな。

     23

かなしみをつみかさねて みうごきもできない 影と影とのむらがる 瞳色(ひとみいろ)のばらのはな。

     24

ゆたゆたに にほひをたたへ 青春を羽ばたく 風のうへのばらのはな。

     25

陽(ひ)の色のふかまるなかに 突風のもえたつなかに なほあはあはと手をひらく薄月色(うすづきいろ)の薔薇の花。

     26

またたきのうちに 香(か)をこめて みちにちらばふ むなしい大輪のばらのはな。

     27

はだらの雪のやうに 傷心の夢に刻(きざ)まれた 類のない美貌のばらのはな。

     28

悔恨の虹におびえて ゆふべの星をのがれようとする 時をわすれた 内気な 内気なばらのはな。

     29

魚(うを)のやうにねむりつづける 瀲(れんえん)としたみづのなかの かげろふ色のばらの花。

     30

白鳥(はくてう)をよんでたはむれ 夜の霧にながされる 盲目(めしひ)のばらのはな。

     31

あをうみの 底にひそめる薔薇(ばら)の花、とげとげとしてやはらかく 香気(にほひ)の鐘(かね)をうちならす薔薇の花。

     32

けはひにさへも 心ときめき しぐれする ゆふぐれの 風にもまれるばらのはな。

     33

あをぞらのなかに 黄金色(こがねいろ)の布(ぬの)もてめかくしをされた薔薇の花。

     34

微笑の砦(とりで)もて 心を奥へ奥へと包んだ 薄倖のばらのはな。

     35

欝積する笛のねに 去(さ)りがての思慕をつのらせる 青磁色のばらのはな。

     36

さかしらに みづからをほこりしはかなさに くづほれ 無明の涙に さめざめとよみがへる薔薇の花。
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by yuugaavvv | 2006-02-18 15:59