當時ベルリン大學
 當時ベルリン大學で、エミール・フヰツシャー先生が蛋白質の研究を始めて居たので、私は二年有餘、先生に師事してその仕事を手傳つた。その時初めて蛋白質の種類によつて榮養價が違ふといふことが判つた。それで日本人は米を主食としてゐるから、或は米の蛋白質が惡いのではなからうか、米の蛋白質と肉類の蛋白質とは榮養上に大なる相違があるのでなからうか、といふ疑問を抱いた。
 私が三十九年歸朝する時、フヰツシャー先生に、歸朝後どんな研究をしたらよからうかと相談したところ、先生の云はるゝには「歐洲の學者と共通の問題を捉へたところで、こちらは設備も完成し、人も澤山あつて、堂々とやつてゐるのだから、とても競爭は出來まい。それよりも東洋に於ける特殊の問題を見付けるがよからう」といふことであつた。私はそれは至極尤と考へたから、差し當り米の問題を研究することにしたのである。
 それで歸朝すると、盛岡の高等農林學校の教授に任命されたので、第一に吉村清尚君(現鹿兒島高等農林學校長)と協同して、白米、玄米、及び糠の蛋白質の性質を調べ、また糠から一種の含燐化合物(フヰチン)を抽出し、次で、糠の中には、鐵を含んだ蛋白質の存在することを見出した。
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by yuugaavvv | 2006-04-14 10:55